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べき論としたい論について

最近、個人で何かをするよりもチームでアウトプットを作ることが多くなってきました。

こういった機会があるのは大変ありがたいなあと感じています。

チームで何かをなすには、方針の決定認識のすり合わせ(前提条件)、長期的なスケジュールの把握が重要になると思いますが、必ず発生するのが「べき論」と「したい論」だと思います。

「べき論」のいいところは、外部要因や一般条件に照らされた選定軸になりやすいため、メンバーの納得感が高くなること。

しかし、懸念点としては議論が一般化すること、前提条件に縛られすぎて柔軟性がなくなり、視点が”これから”に向きづらくなることだと思います。

さらに、「べき論」がさらに強くなってくると、「こうあるべき論」になります。

こうなると、個人の価値観も介入することと、過去の事象などに囚われてしまうため、楽しんで議論することが難しくなります。

逆に、「したい論」のいいところはメンバーが自分の価値観・成たいことをベースに話すので、楽しく快活な雰囲気になりやすいです。

しかし、懸念点としては議論がなかなか収束しにくく、お互いの価値観のすり合わせなどが困難になるので、なかなか前に進まなくなることがあります。

さらに、「べき論」と「したい論」では話し手の感情が異なるのではないかと思います。

「べき論」における感情は怒り・いらだち・焦り

「したい論」における感情は楽しい・わくわく

どっちがいいとかはその場の雰囲気と決めるべき事象によって異なると思いますが、この使い分けが重要かなと思います。

個人的には、「したい論」が好きです笑

今後よりアウトプッとの質が求められていく中で、

・議論の発散時、初期段階=「したい論」

・議論の収束時、中期・終期段階=「べき論」

という大枠と、その中でも雰囲気によって使い分けられるようになっていきたいなと思います。